さよならがんじがらめ

イギリスにMBA留学中の広告クリエーターの日々のこと

God Save The Queen

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いよいよ、ロシアW杯の開催が目前にせまってきました。昨夜は、イングランド代表のW杯前の調整試合「イングランドvsコスタリカ」がなんと地元リーズで行われるということで行って来ました。

 

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スタジアムまでの道すがらでは近所のご家族が私設でグッズを販売していたり(全部£1!)

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住宅街を抜けると急にこんなにのどかな草原が拡がり、歓声をそうげんを抜けると・・・

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どーん!と我らがLeeds Unitedの本拠地エルランド・ロードが目の前にそびえ立ちます。過去Leeds Unitedの試合は3回見に行って3敗しているので不安はありましたが、結果はイングランドの完勝でした。ラッシュフォード、良いですね。若くてガッツがあって、手足が長くしなやかで。本気の世界のDFとの戦いが楽しみです。

 

代表戦にはこうあって欲しい

まず、試合周辺で感じたことをこのエントリーではレポートしたいと思います。結論から言うと、国の代表戦ってこうあるべきだよねと、控え目に言っても最高の雰囲気で、日本人としてイギリス人がうらやましくなりました。

 

さいたまスタジアムや横浜での日本代表の試合も何度も観戦したことがありますが、そこで感じた高揚感と今回味わったものはまるで違ったのです。セルジオさんがよくコラムで「日本代表の試合はアイドルのコンサートじゃないんだから」と批判されていたり、今回の日本代表のハリルホジッチ監督の解任劇やその後の選手選考がスポンサーの意向だ、忖度JAPANだと揶揄されていますが、確かに「そういうことなんだな」と実感してしまいました。広告代理店の人間として心が痛む気もしました。

 

日本代表の試合は、スポンサー様たちが「主催している」感がものすごく強い。そして、会場周辺のイベントだ、お土産グッズにチラシに、スクリーンで爆音でCM上映と、マーケティングがこれでもかとぶち込まれてくる。また、試合前、試合後と音響や照明で煽りまくるから、試合そのものよりもそっちが盛り上がってしまう。マーケティングインスタ映えSNSでの自慢が前提だったらそれでも良いのかも知れないけれど、クラブ(Jリーグ)の試合であればそれで良いのかも知れないけれど、国の代表が国の威信をかけて戦う場と思うと、違う。

 

イングランド代表の試合は、純粋にフットボールだけを楽しんでくださいと言う主張を感じました。余計な飾り付けやマーケティングがほとんどありません。全員が国家を大声で歌い、良いプレイには拍手、いまいちなプレイにはブーイングを飛ばす。もちろん、代表をスポンサードする企業のサイネージ(看板)はグラウンドを囲んでいるけど、それだけ。ハーフタイムも30秒のCMを爆音で見せつけるとかではなく、客席のサポーターを写す間に6秒程度のバンパー広告みたいなのがシュっと挟まるだけで雰囲気をまったく邪魔せずセンスが良い。試合後には変な壮行会みたいなのもなく、サッと終わって、観客はまた国家を歌って、選手たちをロシアに送り出す。

 

ちなみに自分のチケットは学生証の提示が必なStudent席でした。学生にこういったナショナルイベントへの参加機会を安価で与えるというスタンスも素晴らしいと思いました。

 

 

しなやかに歩きだそう

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自分がいちばん好きな声のボーカリストが、自分のいちばん好きなアーティストの歌をカバーした。これ以上はない最高に贅沢な贈り物。

 

イギリスにいても、Coccoのオフィシャルアカウントから配信開始のお知らせがtwitterに投稿され、クリックしたらiTunesですぐに「Good-Bye」が聴ける。テクノロジーに感謝。

 

IMPULSE - hide TRIBUTE

hideさんの没後20年のタイミングで発売された新しいトリビュートアルバムが発売されたようです。hideさんのトリビュートアルバムは過去にも何枚か出ていてオフィシャルのものはもちろん全て聴いていますが、割と好きです、トリビュートアルバム。当然、、、なのかな?、、、原曲に優っているトリビュートは今のところありません。でも、そのアーティストが「どんな想い」で参加し「どうしてその曲」を選び「どうしてそういうアレンジ」にしたのかを夢想するのが楽しいのです。

 

自分はアーティストではないけれど、hideさんを尊敬し影響を受けたアーティストが、コピーに近い感じで原曲の良さを崩さない方向にトライする気持ちはすごく分かります(いいぞ!BREAKERZ!)。逆にhideさんと大した接点はないけれど、参加の機会をもらったアーティストが自分たちのスタイルを全面に押し出したアレンジにしてくるのも分かります(SEXFRiEND、嫌いじゃないです!)。そして、hideさんと実際に接点があったり、当時、競い合っていたような大物のアーティストは、hideさんが聴くことを想定し「ニヤリとさせてやろう」と策を練っているように感じます(最高です!Dragon Ash!陽はまたのぼりくりかえす!)。そして、それらが意外な化学反応を見せたり、から回ってしまったり、そんなことを考えながら聴くのが自分なりのトリビュート盤の楽しみ方です。

 

Coccoとhideさん

なので、アーティストが寄せるコメントは空想の精度をあげる重要な情報源になる大切なものです。今回、Coccoはこんなコメントを寄せていました。

会うことが叶わないなら、

じゃあ せめて、

あなたのうまれた街で、

あなたが見上げていていたであろう

空の下を歩いて、

そして見つけた小さなスタジオで、

あなたが表紙の

音楽雑誌なんかを

久々に読み返しながら、

あなたの歌を歌いました。

横須賀にて

コメント自体が詩のような、映像の浮かぶ素敵な文章。でも、ここで重要なのが「久々に読み返しながら」という部分。自分が知る限り、Coccoがhideさんに対してコメントをしている記憶はなく、2人の関係性が2人のファンである自分にはまったく分からなかったのです。

 

hideさんがCoccoのファンだったのは、有名な話。当時、彼のホームページ内の「hideの独り言」のコーナーに物凄い熱量で、数回にわたってCoccoへのラブレターかのような楽曲に関する思いが綴られていました。まだCoccoのデビュー前のことです。それを読むと即、渋谷のタワレコへ向かいインディーズ版のCD「Cocko」をゲット。「CDが500円!?安っつ!」と思ったのをよく覚えています、隔世の感ありですね。数日後には、タワレコの屋上で行われたCoccoの無料初LIVEにも参戦。自分のホームページにライブの感想を書くと、hideさんからは「奥田民生さんね、男じゃなくて生まれるね。でも、ライブいいなあ。どうだった?どうだった?」とメールが届きました。「バックバンドが奥田民男さんのバックもつとめるDr.Strangeloveの方々で初ライブながらもバックで支える安定感があり」みたいな話を書き、誤字を指摘されたという話です。

 

我ながら20年以上前の細かい話をよく覚えてるなと思いますが、こういうエピソードって覚えているものですよね。誤字を見つけろほどちゃんと自分の文章を読んでくれていることがとにかく嬉しかったんだと思います。当時、フジロックのイエローモンキーのファンの騒動の話なんかもhideさんは独り言にコラムとして書いていたので(なんて先進的な!今、考えるとすごい!)「ライブにはhideさんのコスプレの人もけっこういましたよ」と報告すると「う~ん、それは困ったあ」なんて返事が来ました。でも、自分も最初はそのコスプレの人たちと同じでhideさんがこんなに薦めるから買って見に行ってしていたと言うのが正直なところ。

 

ただ、ステージを見ると圧倒され、その後は自分もすっかり虜に。イギリスに出国直前、武道館には2日とも(デビュー20周年記念!)参戦しました。少し話はそれたけれど、要するにCoccoが売れた(あえてゲスい言い方ですが)きっかけはhideさんが広告塔として機能したことだと自分は思っているのです。もちろんあの奇跡のような歌声と才能は絶対的なもので、きっかけなんてなくても売れたとも思うし、逆にきっかけがなく埋もれている才能も多くいると思うと、Coccoの今があるのはhideさんのおかげと言っても語弊はないんじゃないかなとも思うわけです。もちろんこれは自分が勝手に思っているだけで、それをCocco本人がどう受け取り、hideという存在をどう捉えていたのかというのは1ファンとして興味があった部分でもあったのです。

 

そこに来てのこのメッセージです。Coccoがhideさんの雑誌のインタビューを読んでいて、その雑誌を今でも持っていて、それを久々にまた読んだ、、、偉大な2人のアーティストの双方向の関係があったと思うと、胸が熱くなります。この1曲は、自分にとってこの20年の記念碑のような1曲にも思えてきます。

 

写真は大西洋を経て横須賀の海にもつながっているであろうアイルランド東側の海岸です。

書く、書く、飲む、書く、書く、飲む

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「明るいうちから飲むビールはうまいなぁ」

って東京でサラリーマンをしながら思っていました。そこには、決して悪いことではないにせよ、明るいうちから飲んじゃってる俺という背徳感も込められていたように思います。

 

イギリスでは、そんな背徳感なんてなく陽気に明るい中でビールを飲んでいます。それは、学生だから、日が長いから、もあるけれど、みんな明るいうちから飲んでいるからです。見ているとむしろ、夜に暗いバーで飲むお酒よりも、太陽の下オープンテラスで飲むお酒の方が好まれているようです。週末に限らず多くの人たちが街中でお酒を飲んでいます。

 

イギリス人とビールの数字

ちょうど修士論文用に調べていた資料から引用すると、今、イギリスは一人当たりのビール醸造所の数が世界で一番多いそうです。上の写真のカウンターの後ろ、黒板の下あたりに黒い段ボールがたくさん積み重なっていますが、これ全部ビールです。地元の小さなクラフトビール醸造所から樽に詰めることなく箱詰めで届くのです。写真では見えませんが、箱には注ぎ口がついています。地元の出来たてビールを飲むのは楽しいですが、個人的には「ぬるい」ことと「ロゴデザイン」で選ぶことが出来ないので、少し上級感がありあます。

 

もう1つ別のデータでは、日本やアメリカほかの主要国に比べてイギリスはOn-trade(バーやレストランで飲む)がOff-trade(スーパーなどで買って家などで飲む)より圧倒的に多いです。日本では「家飲み」なんて言葉が流行ったりしましたが、イギリス人は外で多く飲みます。ということは当然、お酒に使うお金も多くなりますよね。そんなイギリス人のメンタリティ、自分には心地良いです。

 

修士論文執筆の日々

さて、いよいよMBAも3学期が始まっています。3学期は、授業や試験はなく、自己管理で締め切りまでに修士論文を書き上げるのがミッションです。とは言え、完全フリーではなく、担当のスーパーバイザーとの進捗を知らせるミーティングが定期的にあります。

 

2学期の課題の1つに、修士論文のプロポーザル(計画草案)の提出がありましたが、それもディスティンクション(優秀)をもらえたし、このまま書き上げれば卒業できないことはないと思います。割と多くのクラスメイトたちが「卒業できればOK」と旅行を楽しんだり、締め切りより相当早く切り上げようとしているようです。これは各授業のエッセイ課題も同様で、散々遊んで締め切り直前の2、3日で一気に全部書き上げてパスもらえたよみたいな人たちが多くいます。

 

人それぞれの価値観だけど、自分はこれができません。まず、年齢なのか2、3日ぶっ続けで書き続ける集中力がないというのが物理的な理由。それ以上にメンタルな理由として「より良い」ものを目指してしまうことが、なぜか避けられません。他の日本人の学生からは「目指すゴール設定が高い」とよく言われるので日本人の特性と言うわけではないでしょう。自分の性格半分、広告代理店の習性が半分かと思います。プレゼン日までに少しでも良いアイディアを絞り出し、資料のフォントの級数などデザインにも細かくこだわりクライアントに自分たちのできる限りベストな提案をすることが日常でした。(それが長時間労働などの問題につながったという話はここでは置いておきます)また、実際の広告制作が始まると納品日までに、少しでもクウォリティをあげようという提案の際と同じ心理に加えて、例えば自分が作ったTVCMが多くの人に見られる、YouTubeなどにアーカイブされれば後世まで残ると思うと手を抜くことはできません。

 

論文にも同じメンタリティが働き、ちょっとでも内容を膨らませるには?ちょっとでも読み手の人を楽しい気持ちにさせる文章や構成は?と、1段落書くのに数時間をかけてしまいます。MBAの学生の修士論文が世の中に公表されることは、そう多くはないと思いますが、それでも自分が精魂込めて書いたものとして妥協をしたくないのです。

 

そんな日々の中で、大好きな時間が写真のようなパブでビールを飲む時間です。朝から資料を調べ、書き、ランチを挟み、また書き、そして夕方になるとビールを飲みながら、次の段落の構成を考えるのです。構成を考える際のノートは、やはり日本語になってしまいますね。そして、夜にその考えた構成を元にまた書く。こう書いてしまうと、そんな毎日つらく退屈そうと自分でも思いますが、これが割と嫌いじゃないのです。