さよならがんじがらめ

イギリスにMBA留学中の広告クリエーターの日々のこと

あなたのヒーローは誰ですか?

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いきなりですが、質問です。

 

みなさんにヒーローはいますか?

 

今、自分にとってのヒーローは川崎フロンターレ大久保嘉人選手です。以前のエントリーで今年の川崎フロンターレの展望を簡単に書きましたが、そこでもキーマンの1人として挙げた大久保選手。1年ぶりにフロンターレに復帰した彼の存在はまさに諸刃の剣。うまく活かせれば攻撃陣の爆発が期待できますが、下手をするとチーム全体のバランスを崩しかねない危うさも持ち合わせています。そんな強いストーリー性もヒーローとしての魅力の1つです。

 

自分の人生には常にヒーローがいます。人生にはヒーローが必要だとすら思います。この数日、ヒーローの存在について考えてみました。自分の中でヒーローと言えば、松本大洋先生の漫画「ピンポン」のペコが象徴的に想像されます。ヒーローとはピンチの時にやってきて、鮮やかに助けてくれる存在。チームが苦境に立たされた時、ズドンと重いミドルシュート一閃。目の前に重くひろがる暗雲を一撃で切り裂きチームを救ってくれる大久保選手はまさにヒーローです。ヒーローにはエビデンスが必要です。彼のJリーグ最多得点記録(更新中)や3年連続得点王の偉業はまさに数字が表しています。常に最新の数字を表示するスタジアム内に有志のサポーターが設置するYOSHI-METERの存在も彼の偉業に拍車をかけます。また、ヒーローにはレジェンド(伝説)が必要です。特に自分が好きなレジェンドは、2014年の名古屋戦。試合中に興奮のあまりピッチに設置されたスポンサーの看板を蹴ってしまうという事件が起きました。スポンサーあってのプロスポーツ、課された罰は2試合の出場停止でした。当時フロンターレは2位で、ストライカーの離脱は正直、痛かった。どこか試合中にも噛み合っていない印象があり、イライラしてしまったんだろうと思う。しかし、2試合後の復帰戦となる大宮戦で見事にハットトリックを達成。「迷惑かけた、ごめん」と結果で体現された時、自分は完全に魅せられた。そしてもう1つ、ヒーローにはフォロワーからはアンコントローラブルな危うさがある。時に大胆な発言をしたり、突然のFC東京への移籍など、突然の「ある種の裏切り」にいつもヤキモキさせられる。

 

「ピンポン」はヒーローを描いている漫画であり、実はペコだけじゃなくたくさんのヒーローが描かれている。スマイル、アクマ、みんなヒーローだ。そんな中で、それぞれの人がそれぞれに惹かれるヒーローがいる。その要因は自分と共通する「弱さ」だと思う。同じ弱さを抱えながらも活躍している人がヒーローであり、強く惹かれるんだと。

 

自分の場合の弱さは「不安」。「自分はできる!」と心の最深部では信じているんだけど、常に「できなかったどうしよう」「うまくいかなかったらどうしよう」と「不安」も同時に抱えている。自分がイギリスの大学院のMBAコースでも、広告クリエイターとしてもそこそこ結果を出せている理由はそこにあると自覚する。例えばCMの企画を考える時。「これは絶対におもしろい」と自信のある企画ができたとする。でも、次の瞬間に「本当におもしろいか?」「クライアントは面白いと言ってくれるか?」「世の中は理解してくれるか?」「もっとおもしろいものが考えられるんじゃないか?」と不安が次々に襲ってくる。多くの場合、検証し再考し準備し、もがいたあげく「当初のもので大丈夫だ」と元に戻りそしてうまくいく。もしもっと自分に自信があれば、企画が出来上がった時点で「よしっ!完成!」と次のステップにスムーズに向かうことができるだろう。でも、そう出来ないし、その一見無駄に見える回り道が実は大事なんだと、経験から理解できる。

 

大久保の時に豪胆に振る舞う裏側にある繊細さを下の記事で読み、「あぁ、やっぱりな」「そうそう、そうだよな」となった。それは自分にとっての永遠のスーパーヒーロー、X Japanのhideさんも同じだと思う。絶対的な才能がありながら、常にどこか自信のなさやコンプレックスも抱えている、だから共感でき惹かれてしまう。

 

F-スポット - ピックアッププレイヤー : KAWASAKI FRONTALE

 

 

試験の結果には胸をはりたい

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MBAコースの2学期が始まり早いもので4週間が経過してしまいましたが、1学期とは日々の様相が少し違います。より実践的な授業になってくるため、ケーススタディとグループワークの量が圧倒的に増えています。なのでケースを事前に読んておいたり、グループディスカッションのための下準備をしたりと毎日の勉強時間が1学期と比べて増えている気がします。

 

でも、試験期間1日中勉強していたので、自然と長い勉強時間にも対応できてしまっている自分がやや恐ろしいです。さて、先週、その試験やレポートの結果がまとめて戻って来ました。結果から言うと胸をはって自慢できるようなスコアでした。

 

アカウンティング(会計)のテストでは、クラストップスコアをマーク。これは計算が中心で(計算機持ち込み可です)明確に答えがある科目です。英語のハンディが少ない科目と言えるので、なんとかなるだろうと事前から思っていましたがまさかトップを取れるとは思ってもいませんでした。エッセイに関しても、英語の細かいミスなどは多めに見てくれると聞いてはいたものの想像以上の高評価に満足しています。5科目中4科目がDistinction、1科目がMeritで、平均はDistinctionと言う非常に良い結果でした。

 

ちなみにイギリスの大学院では評価システムとしてDiscintion, Merit, Pass, Failの4種類が使われます。卒業する際に総合点がDistinctionまたはMeritだと卒業証明書にwith Distinction、with Meritという表記が付き現地での就職活動や博士課程への進学に有利になるそうです。特に博士課程での奨学金申請などではwith Distinctionが重要になるそうです。

 

英語力は残念ながらクラスで下から数番目だけど、成績は上から数番目、皮肉なものです。英語上達はまだまだ諦めないけれど、まずはしてやったりな嬉しさがあります。英語力の不足を補うために必死に勉強した結果ということも言えるし、試験への取り組み方という意味では、問題視されがちな日本の受験教育も役に立ったかも知れません。少なくとも、自分は広範囲な物事への効率的な取り組み方を高校受験で学んだと思っています。そして、一概には言えないけれど、ネイティブやヨーロッパ圏の学生は英語は問題なくても、計算や論理の組み立てに苦戦している印象を受けました。これもまた一概には言えないけれど、中国の学生はインターネットなどを駆使し情報を幅広く集めるけれど、その掘り下げがあまり得意ではない印象を受けました。英語力はカバーできる!日本人戦える!少し勇気が出た試験の結果でした。

CASE STUDY:KAWASAKI FRONTALE

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昨年9月からイギリスに留学していて1つ後悔したことがあります。それはずっと応援してきた川崎フロンターレJリーグ初優勝の瞬間に等々力競技場で立ち会うことが出来なかったことです。しかも、このインターネット社会にあってさらにDAZNはイギリスの会社だと言うのにイギリスではライセンスの関係でJリーグを視聴することができません。昨年の最終節は時差の関係で早朝にスマホを握りしめテキスト情報を見つめ逆転優勝に涙しました。

 

そんな自分の生活の一部でもあるJリーグが今年もそろそろ開幕します。まずは明日のゼロックスチャレンジカップから。これは昨年のJリーグ優勝チームと、天皇杯の優勝チームが戦うので、昨年の総決算的な意味合いもあるけれど、キャンプを経ての新チームの仕上がりが、いきなりの本気勝負で見られる貴重な機会でもあります。

 

さて、今年の川崎フロンターレですがMBAケーススタディに使えるんじゃないか?と言うくらいの人材活用に関する嬉しい悩みが発生しています。かつて川崎フロンターレには絶対的なエース、大久保嘉人選手がいました。彼は前人未到の3年連続得点王を獲得します。しかし昨シーズン「新しい挑戦をしたい」とFC東京に移籍してしまいました。正直、ショックでした。チーム1の得点源を失って困らない訳がありません。チームは、大久保選手をサポートする形で主にサイドを担当していた小林悠選手をトップに据えることにしました。新加入の阿部選手、家長選手がうまくはまり小林選手をサポートする形で、なんと昨シーズンは小林選手が得点王を獲得し、チームも優勝することができました。

 

来年も前線は同じ布陣で挑めば充分に強いです。しかし、なんとここに大久保選手が出戻ってくると言うのです。ここぞの時に決めてくれる頼れるヒーローの帰還は嬉しい以外の何者でもないのですが、チームを組織論的に考えるとなかなか難しい問題です。もともと絶対的エースだった存在が戻ってくる。しかし、チームでは元々彼をサイドでささえていた小林選手が新エースがになっている。出戻りの形である大久保は、現状、以前あれほどこだわっていたトップの位置へのこだわりを捨て中盤に入りゲームを作ることを受け入れているようです。

 

でも、本心はどうなんでしょう?やっぱりトップで得点を量産したいんじゃないでしょうか?では、小林の本心はどうなんでしょうか?1トップの座は譲らないぞ!と強気に思っているでしょうか?彼はキャプテンでもあります。自分がトップをやるよりも大久保にトップをやってもらって自分はサイドでという気持ちはゼロでしょうか?やってみて小林選手が点をしばらく取れなかったら監督はトップを大久保選手に変えるでしょうか?感情論を抜きにしてベストな布陣はいったいどの配置なのでしょうか?しかし実際にはメンタルの要素も大きいです。ものすごい微妙なバランスの上に成り立っているように思えます。ちょっとしたきかっけで崩れてしまいそうな。でも、うまく回れば大久保選手の復帰で選手層に強力に厚みが増します。今年もJリーグが楽しみでなりません。

 

なんでそこまで英語なのか

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先日のエントリーで英語上達に苦労しながらも頑張っている話を書いたところ、メッセージやコメントなど反響をいただきました。日々、書くことの励みになります。ありがとうございます。

 

日々の努力と継続だけが英語上達の道 - さよならがんじがらめ

 

海外留学を志した理由にも書きましたが、今、自分には少し異常だなと思うくらいに英語への渇望と羨望があります。

 

大学2年生の時に、尊敬する親しい人の死という悲しい事態に直面しました。同級生は就職活動を始めようとしている中、茫然自失としている自分を見て母親は大学生活が1年伸びても、1年間海外の大学に留学でもさせて気分転換をさせたらどうかな?と思ってくれたそうです。でも、父親が大して乗り気じゃなかったのと、自分が割と乗り越え(たように見えて)就職活動を始めたのを見て、その提案を引っ込めたそうです。後になってふとしたタイミングで母親から聞きました。その時、留学をゴリ推ししてくれていれば・・・と正直、今は思います。でも、人生にifはありません。40歳になってイギリスで大学院生をしていることもなかったでしょう。どっちが良かったのかは分からないから、その時、子どもの様子を見守り、そう判断してくれた親を感謝します。

 

その後、日本の最大手の広告代理店に就職し、様々なクライアントさんの案件を担当していく中ではっきりと認識した事実があります。英語を喋れるだけでどれだけ人生の選択肢が広がるか。正直「こいつ英語が喋れるだけで大したことない」って人にたくさん出会いました。でも、喋れない時点で負け惜しみにしかなりません。2000年代に入ってからはインターネットの普及とともにグローバリズムが発達してきました。インターネットとグローバリズム公用語、それが英語です。それが2010年代になりスマートフォンの時代になり一気に爆発しました。例えば、GoogleFacebookなどいわゆる今どきな会社に就職したいと思えば、高学歴よりも英語力の方がまず大事。アメリカで成功したビジネスモデルをただそのまま日本に持ってきて大成功したITベンチャー企業もたくさんいます。旅行に行ってもAirbnbUberは英語でコミュニケーションがとれるだけで便利さが格段に拡がります。2010年代、英語があれば、あらゆる可能性が飛躍的にアップするように自分には見えました。2020年代は英語に加えてエンジニアリングも必要になってくるかも知れません。

 

今、大学院で勉強していますが「学問」においても英語はマストです。学問とは積み重ねであって、世界中の人々の集合知であることを日々痛感していますが、論文が読めなければその中に入ることもできません。

 

また世の中には、日々、たくさんの素晴らしいエンターテインメントが生産されています。Netflixには毎週のように面白そうなコンテンツが大量に追加されていきます。それらを楽しむにも英語はマストです。

 

上の写真はイギリスのVirgin社の電車のコンセントの上にあった注意書きです。こういうセンスが許されるのも英語だからだと思います。これが日本語で新幹線に書いてあったら、、、なかなかおぞましいです。

 

あぁ、もっと頑張らなくては。

 

日々の努力と継続だけが英語上達の道

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*このエントリーには英語が上達する方法は記載されていません。

 

週明け月曜日の授業が特別講義なので予習の必要がありません。日々、悪戦苦闘の日本人MBA生にとってこれがどれだけ今週末に心の余裕を持てるのか、きっとネイティブ生たちには知るよしもないでしょう。しかし、習慣とは恐ろしいもので夜には勉強をしないと落ち着かない。昨夜はいつもと少し違うことをしようと、英語の勉強方法を紹介するブログをいろいろ読んでみました。

 

英語マスターの秘訣、結論はただ1つ。

 

ある程度、本人の素質による調整や、勉強方法による効率の良し悪しはあるけれど、結局は「本人が時間をかけて継続的に努力をする」しかない。いろいろな人がいろいろなやり方を紹介しているけれど、要するに、自分なりに日々模索しながらやっていると「あれ?なんかゾーン入った!?」って言う瞬間が人それぞれあって、それを続けたことで成功した。その「どうやってゾーンに入ったか」を、それぞれが言語化して体験談として紹介してくれている。でも、ゾーンに入る簡単な方法なんてなくて、それぞれの模索と日々の継続と努力以外の何物でもないと思う。「英語ができるようになる」を「サッカーがうまくなる」に置き換えても同義だ。

 

純粋に体験を紹介している個人ブログもあるけれど、たくさんのブログ記事を読んでいると不思議な感覚になってくる。「純ジャパの僕が」とか「たった1つの方法で」とか「毎日数分で」とか、「分かる分かる!」「えっ!?本当に?」とぐいぐい惹きつけるんだけど、最終的には有料のnote記事ダウンロードや有料メルマガ登録に帰結する。有料とはいっても月に数千円から数万円程度なので、本当に役に立つのであれば惜しい金額ではないけれど、恐らくそれなりのやり方が書いてあって、結局は自分の努力と日々の継続という1つのメソッドに落ち着んだろうと思う。ダイエット商材と同じ。多くの人が継続と努力が出来ないからこそ、存続しているマーケット。もし、最良の方法があるのであれば、是非、小銭稼ぎではなく、文部科学省に持ち込んで日本国全体の英語教育のレベルアップに貢献していただきたいです。

 

残念な現実として、相当な努力と継続以外に英語習得は難しいということです。

 

上の写真は、Leedsにある街の絵本屋さんでの読み聞かせの時間です。地元の子たちに混ざって、積極的に楽しむ娘の姿、頼もしいものです。娘は地元の小学校のレセプションクラス(1年生の前のクラス)に通っていますが、明らかに目に見えて毎日メキメキと英語が上達しています。この地方特有のヨークシャー訛りのアクセントまで使いこなしています。子供たちは、毎日、学校で英語に接することだけで急激に上達しているし、努力なんてしている様子はありません。

 

下の子(2歳)が日本語を少しずつ習得して行く様子を見ていても「真似」が全てなような気がします。その「真似」の仕方が大人の脳と子どもの脳では違うのでしょう。幼児期からの英語教育の是非は頻繁に議論されており、答えは分かりません。でも、例えば「rとlの音の違いを聞き分けられるようになる」などは幼児期にしか身につきにくい能力のようです。それができる「脳」の状態ということです。

 

自分は瞬発力には自信があっても、継続的な努力にはまったく向いていないことが今までの人生でよく分かっています。その意味では、英語の完璧な習得はもう難しいでしょう。下のリンクは英語の幼児教育の塾のブログなので、大人になってからの英語の習得の難しさを煽っていますが、概ねその通りなんだろうと思います。クラスメイトの中国人たちが英語(特にスピーキング)が得意なのがよく分かります。もう、受け入れるしかない、開き直るしかないんだと思います。週に数回、英語力の低さに授業中に泣きそうになります。日本に帰って、日本語だけの環境で楽しく一生を終えることも出来るだろうとまで思うこともあります。でも、どうにかしたい。不完全で不格好でも良いから、なんとか少しでも英語をものにしたい。つらいけど、毎日、頑張っています。

 

 

 

 

YouTubeで英語の勉強と癒し

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イギリスに来てから毎晩の勉強の終わりに、英語とそして疲れた1日の癒しのために見ているYouTube動画があります。「English with Lucy」というLucy先生のイギリス英語講座です。

 

何が良いって上の写真を見てもらえば一目瞭然ですが先生が美人でかわいい。今どきの22歳の女の子と思いきや内容もしっかりしています。Lucy先生は英語教育の資格(TEFL)を取って実際にスペインで英語を教えていたそうで、ベースがそこらの適当なYouTuberとはちょっと違います。加えて編集やフォント、髪型やファッションなど、全体のデザインもオシャレ。そして先生として気をつけてくれているんだろうけれど、なんと言っても英語が聞き取りやすいんです。しっかり理解できるから、自信がつく。イギリス人全員がこんな英語喋ってくれれば毎日苦労しないのに!

 

内容は全体的にはやさしめですが、イギリス英語に特化しています。特にイギリス英語の発音という部分では丁寧でとても役に立っています。美人だから口元の動きを見ていても飽きないのもポイント。日本と同様、イギリスにもYouTuberはたくさんいて、Lucyさんも今や人気者の一人だから難しいんだろうけれど、彼女の英語の授業を受けてみたかった。毎日、学校行くの楽しかっただろうなぁ。

 

Lucyさん、父親に借金してビデオカメラと三脚を買って手弁当で動画制作を始めたという話なのですが、そのエピソードが物語るような素人くささはありません。初期の頃は音声やフォーカスなどにちょっと苦戦したりもしていたようだけれど、クウォリティもセンスも素晴らしいです。ちょっと驚いたのが、下に紹介する会。この会は英語のレッスンではなく、Social Mediaとの向き合い方について自身の体験から注意をしています。人を年齢や見た目で判断してはいけないけれど、若いし美人なのにまったく浮ついてなく、ものすごく冷静でしっかりとしています。さらっと話しているけれど、けっこう怖い目にもあったのでしょう。やめないで続けてくれてよかったです。

 

youtu.be

 

ケーススタディの正しい読み方

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2学期が始まり落ち着いたところで、東京から両親が様子を見にLeedsにやってきました。久々に孫たちと会えて嬉しそうでした。写真はみんなで行ったYorkの駅です。ヨーロッパに多いドーム型の屋根は、旅立ちを演出してくれる感じがして好きです。

 

2学期ですが、1学期とは様相がまったく変わっています。ほとんど全ての授業がケーススタディをベースに展開されます。1学期はケーススタディを読むにあたっての最低限の知識や理論を叩き込んで、2学期はそれらを使ってケースを読み議論しようということなのでしょう。MBAと言えばハーバードビジネススクールが提唱したケーススタディが代名詞。小難しい理論は読んでいても机上の空論にしか思えなかったけれど、実際の(たまに架空の)話は興味が湧くので予習がさほど苦痛ではなくなりました。

 

とは言ってもケーススタディもアカデミックな学問。いわゆるドキュメントや伝記とは違い、事実をベースにしながらも教材の形をとっています。アカデミックな学問である限りそこには「型」がある。日本の大学ではこの「型」は教えてくれなかったけれど、レポートにしてもテストにしても「型」を学んでから取り組むことで効率が何倍も違うことを思い知らされたので、ケーススタディもまず「型」から学ぼうと図書館で開催されているアカデミックスキルのオープン講座に出席しました。

 

学んだ「型」を簡単にまとめます。まず、ケーススタディそれ自体は何かを直接的には説明していません。基本的には事実の羅列です。そこに何らかの意味を見出すことが、ケーススタディを学ぶ意味です。過去にあった実例であって、課題提示ではありません。広告屋の癖で、つい、課題を解決する方法をあらゆる角度から考えようとしてしまう傾向にあります。でも、それをしてしまうと授業での学びにはつながりません。大切なのは、文脈にのることです。例えば、マーケティングの授業で扱うケースはマーケッターの視点で読まなくてはなりません。ストラテジストの視点でも、運営や広告の視点でもなく。

 

また、当然ですが、その授業の前後で習った理論やコンセプトがケースには入っています。1つのケースは複数のセオリーの題材として扱われることもあるので、余計なことを考え出すと回り道になってしまいます。まずは授業とのリンクを強く意識し、何を分析するためのケースなのかを考えながら読むことが大切です。読みながら授業とリンクする部分を探り、大切な部分を抽出するのです。細かいディティールが面白かったりするけれど、そこは読み流して構いません。ケースのテーマは何なのか?それが見出せれば全容が見えてきます。あとは、じっくり読むよりも分析し考えることに時間を費やす方が正解です。また、我々のように学生レベルでは、その中でも分析を丁寧にしっかりとやることが重要視されます。これもまた職業病で突飛でインパクトがありながらも、しっかり結果を残せそうなアイディアをつい模索してしまいます。しかし、それよりもまずは丁寧な分析で基本をしっかりと抑えることが求められます。これが「型」。もちろん分析の方法や視点は人それぞれ異なり、正解はありません。

 

正直、不満もあります。例えば、昨日のインフォメーションマネージメントのクラスではNetflixのケースを扱いました。イギリスに来てからも愛用しているサービスだけに、歴史や裏側を知ることは楽しかったのですが、ケースは2014年で終わっています。2014年と、2018年の今では、まったくと言ってよいほどオンラインストリーミング業界の様相は異なっているはず。2014年から今に至る間に何があってHuluやAmazon Primeに差をつけることができたのか?そこが一番肝心なところなのに、ケースのハイライトは既存のレンタルビデオ屋のBlock Busterにどう勝利し、DVDの宅配サービスからどうストリーミングサービスに転換したかで終わってしまうのです。Academicな学問となると、どうしてもそこに「時差」が存在してしまう。これはどんどん変化の速度が上がっている現代のビジネス環境にとって、MBAが抱える割と致命的な問題だと思います。当然ですが、我々はビジネスの歴史や考古学を学びたいわけでなく、今に活かせるビジネスを学びに来ているのだから。