さよならがんじがらめ

イギリスにMBA留学中の広告クリエーターの日々のこと

図書館にこもる

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「今日もコーヒー飲んでこのブログを書いたら、図書館に1日こもります。」

 

と言う時のテンションの話です。クラスメイトたちとのMessengerでは、お互いに勉強漬けの日々を愚痴り傷を舐め合っていますが、正直に言うとこんな日々が嫌いじゃありません。

 

リーズ大学のカリキュラムでは9月から始まる1学期の授業は12月の中旬には終わります。クリスマス休暇を挟んで、年が明けると試験期間が始まります。年末年始は、試験勉強とエッセイの執筆に明け暮れることになります。そして、実際に授業の復習をしてみると、なんとか理解できたつもりだったことが大して身になっていない現実に気付かされます。それをゆっくり時間をかけて復習することで、教授たちの言わんとしていたことが分かり内容が自分の中に定着していきます。真面目ですね、自分。

 

でも、そんな真面目な動機だけではなかなか勉強のエンジンはかかりません。自分のモチベーションは「図書館」です。例えば、昨日勉強した図書館が上の写真です。この重厚な雰囲気。たまらないです。これを観光的に眺めるだけじゃなく、その中に組み込まれている感じに幸福を感じます。「静謐な」空気ってこういうことか。しかも大学にはたくさんの図書館があり、街にも図書館がある。バリエーション豊富で飽きることがありません。自分がアカデミックな世界の末端で、その一員になれていると思うと嬉しくなります。

 

学びの場としての図書館って大事なものだったんだ!?今までの人生で意識したことなんてなかった図書館という存在。日本の街は駅を中心に拡がっているように思いますが、こっちの街は市庁舎、教会、そして図書館を中心に設計されているように思います。駅は大概、街の端っこにあります。

 

勉強って楽しい!とか言われると、ちょっと敬遠しちゃいますよね。でも、本来、新しい知識を身につけたり、新しい考え方を習得することってポジティブな要素以外なくないですか?それは、子どもの頃に「勉強」は「遊び」の対局にある厄介なものであり、「宿題」は試練であり苦痛であることが一般常識として我々に刷り込まれていることが原因なのではないか?と気がつきました。思い返せば、のび太くんもちびまる子ちゃんかつお君も、みんな勉強が嫌いで宿題を逃れる術を日常の中で画策していた。ドラえもんの道具に頼るんじゃなくて、勉強することで知恵を身につけて困難を解決していく子ども向けのコンテンツが流行ったら未来は明るいかも知れない。

 

自分は昨年40歳になりましたが、今だからこその勉強することの意味を感じています。誤解を恐れずに言えば、20歳前後で通った大学の4年間はあまり意味がありませんでした。もちろんそこで学んだこともあるけれど、それはバイトや人間関係からの学びで「学問」ではなかった。働いて社会の仕組みが分かって、家族を持って価値観が出来上がった今だからこそ、「学び」に意味を感じられる。学者と呼ばれる人たちが、何をやっているのかが分かる。自分で稼ぎ貯めたお金から学費を捻出していることも影響しているだろう。大人になってからもう一度学ぶことは、意味のあることだと思う。少なくとも中学・高校の延長として親のスネかじって通う大学生活とはまったくの別物だ。

 

下のリンクの「お父さんの日記」のエントリーを読んでそんなことを思いました。あっ!やばい!もうこんな時間だ。勉強しなきゃ、明日、1発目の試験本番だっ。

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