さよならがんじがらめ

イギリスにMBA留学中の広告クリエーターの日々のこと

40代海外留学のススメ①【理由篇・前編】

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試験期間も終わり少し時間があるので、仲間を増やすべく自分がMBA留学を志した理由と海外留学をお薦めする理由などを書いてみたいと思います。

 

写真は大学に最初に来た日の朝に撮影したものです。ちょっと見えにくいけど、虹が2本かかっているのが分かりますか?Wレインボーです。緊張しながら踏み入れたキャンパスでこれを見た瞬間「ようこそ」と歓迎されている気がしてとても嬉しかった。その時「あぁ、来て良かった」と実感しました。卒業する頃にその感情がどう変化しているかは分からないけれど、少なくても今は変わらず、留学という自分の選択は正しかったと思っています。

 

では、なぜ40歳にしてMBA留学を志したのか?こっちに来てクラスメイトからも「なんで留学しようと思ったの?」はよく聞かれます。かっこつけた定型の返答は用意していますが、ここでかっこつけてもしょうがないので本音を書きます。

 

「海外で暮らしてみたかった。」

 

これが一番の根っこにある理由です。「親の仕事の都合で海外で過ごしました」みたいな帰国子女の人たちがずっと羨ましかった。もちろんそんな彼らの話を聞くのが好きだったから、彼らの苦労もたくさん知っています。それでも羨ましかった。自分も「親にいきなり転勤命令くだらないかな?」と思いながら学生生活を送って来たけれど、気がつけば社会人に。就職は希望がかない電通という広告代理店でのクリエーティブ局へ。TVのCMを考え・作るのが仕事。忙しさがまったく苦痛でない楽しい日々を過ごしました。仕事の成果も認められ、子会社のクリエーティブ・ブティックへの転籍を経験。そこでは更に自由度の高い幸せな日々を過ごしました。ある日、諸所の事情でそのブティックから本社へ戻ることになりました。入社以来、複数のクライアントさんの仕事を同時に抱えていて、仕事が完全に途切れると言うことがなく大きな休みが取れずにいましたが、復籍のタイミングでいったん全ての仕事がリセットされるのでまとまった休暇をとることにしました。よくある転職に伴う有休消化ですね。2016年の1月から1ヶ月半の休暇です。

 

旅行でも行って家族とゆっくり過ごそう→でも娘は3歳になったばかりでまだ小さい→色々な場所を転々とするのはしんどいかも知れない→それならば1つの場所に滞在か?→憧れだった「海外に暮らす」を短期間でも味わえるぞ→でもどこかに滞在するとして日々何して過ごす?→語学学校にでも通ってみよう!

 

思い立つと決断は早いタイプ。アイルランドのダブリンにある語学学校に1ヶ月通うことになりました。今、思い返すとその時の滞在はちょうど良い入門編となりました。マンスリーマンションに住んだので、家探しや税金や電気代その他の苦労はない(イギリスでの生活の苦労話はそのうち書きたいと思っています)。クラスメイトもそれぞれモチベーションがバラバラなので、接点は大して濃くならない。海外暮らしの表面だけをさらりと体験することができました。肝心の英語の方ですが、学生時代の授業以外に触れることはなく、社会人になっても無縁の日々。たまにある海外ロケもコーディネイターさん付きの高待遇。大学卒業以来15年ぶり触れる英語に対して、1ヶ月の滞在を経て感じたのは・・・

 

英語が喋れるようになったら楽しいだろうなぁ(でも、むずかしいだろうな)。

 

帰国後は英語に興味が出ていました。週に1度英会話教室に通い、海外のニュース記事などを読んでみたり、バイリンガルニュースのポッドキャストを聴いてみたり、会社の英語の研修をとってみたり。ちなみに後になって気がつきますが、この頃の日々の勉強はほとんど英語力の向上につながっていませんでした。残念ながら週に1度程度や空いた時間に取り組む程度では蓄積されないんですね。ある程度集中的ににやらなければ効果は期待できません。

 

そんな新生活の中で、新しいクライアントさんとの出会いがありました。外資スマホゲーム会社で、日本支社の方々が我々と接する時は日本語ですが、社内の公用語は英語。日本支社と言っても当時4人くらいしかおらず、すべての意思決定は本社の決定が必要になるため、我々もプレゼンをしに本社や海外支社を訪問する機会が多くありました。ここではいわゆる「海外の仕事」の現場に触れることが出来ました。それも極上の。と言うのはその会社が、ズバぬけてクリエイティブな環境で、それで抜群の成果もあげていて、社員はみんなモチベーションが高くクールでした。「人」と「コミュニケーション」を大切にする会社ゆえに、みんな遊び心を大切にする良い人たちで、いわゆるイケイケで派手な感じとは真逆の奥ゆかしさのある人たちでした。ここでまた疼くんです「羨ましい」と。直接的にその会社で働きたいというよりも、自分も英語をマスターして彼らのように働いてみたいと。

 

英語への渇望の日々の中、古い友人との飲みに行く機会がありました。2人とも元電通の後輩。1人はアメリカの大学を卒業していて帰国子女とは少し違うかも知れないけど「羨ましい」人材。もう1人は自分の下にいる時に会社を辞めた子。周囲のみんなに止められている中、自分は彼女の背中を押しました。退社後はオーストラリアにワーキングホリデーに行き、そのまま現地の学校へ。帰国し日本で大学院を卒業し、東大で教授のアシスタントをしていました。会社時代は毎日いっしょに仕事をしていたその子と会うのは数年ぶりで、再会の機会を楽しみにしていた反面、当時の自分には会社を辞め自分の道を切り拓いた彼女がキラキラ見え、安穏とした日々を過ごす自分がどこか恥ずかしく、ちょっと会いたくない気持ちもありました。もちろん、結果的に会って久々に話すことが出来て、大正解でした。

 

すっかり長くなってしまったので「前編」としてここで一度、区切ります。バックグラウンドだけで肝心の「理由」にはまだ触れることができていませんが。