さよならがんじがらめ

イギリスにMBA留学中の広告クリエーターの日々のこと

40代海外留学のススメ②【理由篇・後編】

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写真は最寄りのLeeds Bradford国際空港です。昨年9月にここに降り立つにいたった経緯の後編です。

 

前編はこちら

40代海外留学のススメ①【理由篇・前編】 - さよならがんじがらめ

 

羨ましさが凝縮された後輩たちと会うことに躊躇もしていましたが、会が始まるとお酒の力もあって久々の再会は楽しい時間でした。恵比寿のお好み焼き屋さんで、お互いの近況報告などをしました。そんな中、後輩の「海外滞在中の生活費」の話になりました。思い返しても実に普通の話なのですが、その話を聞いた瞬間、頭の中で何かが弾けました。具体的には、後輩が会社を辞めてオーストラリアに行ってワーホリして学校行き、帰国し大学院へと数年間無収入、でも、会社時代の貯金でなんとかなりましたという話でした。

 

きっと、結婚し子どもができと家族を持っていく中で必要以上に蓄えを残すことに意識が向き過ぎてしまっていたのでしょう。使うことより残すことばかり考えるように。実際その頃、実家の近くに家を建てようという計画が進んでいました。家を建てることがイコール保守的な選択だとは思いませんが、「毎月家賃を払うより」とか「腰を落ち着けよう」と言う気持ちがあったのは間違いありません。でも、おそらく人生でいちばん大きな買い物になるであろうその家にどこか完全に納得できていないのもまた正直なところでした。建築プランそのものよりも、35年ローンを背負ってしまうことへの抵抗感もあったのでしょうか。建築家チームにはとても申し訳ないことをしてしまったけれど、あの夜、頭の中で何かが弾けたことがきっかけになり翌日には決心が固まっていました。

 

家は中止、海外に住もうと。

 

とは言え元来、保守的な部分もしっかりと持ち合わせている人間です。ふらりとあてもなく家族で移住!とはなりません。ここではじめて「留学」という選択肢が登場します。永住したいほど強い気持ちはなく、人生で1度は海外に住みたいと言うのが目的。留学ならば帰ってきてからの再就職にも役に立つだろうと現実的に考えました。英語の勉強をしていた日々ともスムーズにリンクされるし。

 

翌日には、食卓で気楽にする話でもないと代官山の蔦屋書店のカフェに妻を呼び出し、気持ちを打ち明けました。「すごいこと考えるね」と目を白黒させていましたが「ついて行きます」と言ってもらえました。翌週には、上司のアポをとり「海外留学するから会社を辞めようと思う」と告げました。復籍してまだ1年あまり、ようやく新しい職場での仕事も軌道に乗ってきたところ、当然ながら驚いていました。ありがたいことに、休職という選択肢もあるから他にやりたいことがあるわけでないのであればまずは留学に集中し戻ってきたら良いという申し出をいただきました。

 

これが自分が留学を決意した「理由」です。決意したのは39歳。40代の留学と謳っていますが、年齢は関係ありません。いろいろなことが重なったのがたまたまこのタイミングだっただけ。学びに対する強い欲求があったわけではないけれど、海外に住んでみたいという憧れは思っていた以上に深く強いものだったようです。また、自分が憧れ、そして叶わなかった経験を子どもたちにさせたい気持ちもあったと思います。何はともあれ留学することが決まりました。次回以降は、もう少し実用的な実践篇の留学のススメを書いていければと思います。