さよならがんじがらめ

イギリスにMBA留学中の広告クリエーターの日々のこと

ケーススタディの正しい読み方

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2学期が始まり落ち着いたところで、東京から両親が様子を見にLeedsにやってきました。久々に孫たちと会えて嬉しそうでした。写真はみんなで行ったYorkの駅です。ヨーロッパに多いドーム型の屋根は、旅立ちを演出してくれる感じがして好きです。

 

2学期ですが、1学期とは様相がまったく変わっています。ほとんど全ての授業がケーススタディをベースに展開されます。1学期はケーススタディを読むにあたっての最低限の知識や理論を叩き込んで、2学期はそれらを使ってケースを読み議論しようということなのでしょう。MBAと言えばハーバードビジネススクールが提唱したケーススタディが代名詞。小難しい理論は読んでいても机上の空論にしか思えなかったけれど、実際の(たまに架空の)話は興味が湧くので予習がさほど苦痛ではなくなりました。

 

とは言ってもケーススタディもアカデミックな学問。いわゆるドキュメントや伝記とは違い、事実をベースにしながらも教材の形をとっています。アカデミックな学問である限りそこには「型」がある。日本の大学ではこの「型」は教えてくれなかったけれど、レポートにしてもテストにしても「型」を学んでから取り組むことで効率が何倍も違うことを思い知らされたので、ケーススタディもまず「型」から学ぼうと図書館で開催されているアカデミックスキルのオープン講座に出席しました。

 

学んだ「型」を簡単にまとめます。まず、ケーススタディそれ自体は何かを直接的には説明していません。基本的には事実の羅列です。そこに何らかの意味を見出すことが、ケーススタディを学ぶ意味です。過去にあった実例であって、課題提示ではありません。広告屋の癖で、つい、課題を解決する方法をあらゆる角度から考えようとしてしまう傾向にあります。でも、それをしてしまうと授業での学びにはつながりません。大切なのは、文脈にのることです。例えば、マーケティングの授業で扱うケースはマーケッターの視点で読まなくてはなりません。ストラテジストの視点でも、運営や広告の視点でもなく。

 

また、当然ですが、その授業の前後で習った理論やコンセプトがケースには入っています。1つのケースは複数のセオリーの題材として扱われることもあるので、余計なことを考え出すと回り道になってしまいます。まずは授業とのリンクを強く意識し、何を分析するためのケースなのかを考えながら読むことが大切です。読みながら授業とリンクする部分を探り、大切な部分を抽出するのです。細かいディティールが面白かったりするけれど、そこは読み流して構いません。ケースのテーマは何なのか?それが見出せれば全容が見えてきます。あとは、じっくり読むよりも分析し考えることに時間を費やす方が正解です。また、我々のように学生レベルでは、その中でも分析を丁寧にしっかりとやることが重要視されます。これもまた職業病で突飛でインパクトがありながらも、しっかり結果を残せそうなアイディアをつい模索してしまいます。しかし、それよりもまずは丁寧な分析で基本をしっかりと抑えることが求められます。これが「型」。もちろん分析の方法や視点は人それぞれ異なり、正解はありません。

 

正直、不満もあります。例えば、昨日のインフォメーションマネージメントのクラスではNetflixのケースを扱いました。イギリスに来てからも愛用しているサービスだけに、歴史や裏側を知ることは楽しかったのですが、ケースは2014年で終わっています。2014年と、2018年の今では、まったくと言ってよいほどオンラインストリーミング業界の様相は異なっているはず。2014年から今に至る間に何があってHuluやAmazon Primeに差をつけることができたのか?そこが一番肝心なところなのに、ケースのハイライトは既存のレンタルビデオ屋のBlock Busterにどう勝利し、DVDの宅配サービスからどうストリーミングサービスに転換したかで終わってしまうのです。Academicな学問となると、どうしてもそこに「時差」が存在してしまう。これはどんどん変化の速度が上がっている現代のビジネス環境にとって、MBAが抱える割と致命的な問題だと思います。当然ですが、我々はビジネスの歴史や考古学を学びたいわけでなく、今に活かせるビジネスを学びに来ているのだから。