さよならがんじがらめ

イギリスにMBA留学中の広告クリエーターの日々のこと

日々の努力と継続だけが英語上達の道

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*このエントリーには英語が上達する方法は記載されていません。

 

週明け月曜日の授業が特別講義なので予習の必要がありません。日々、悪戦苦闘の日本人MBA生にとってこれがどれだけ今週末に心の余裕を持てるのか、きっとネイティブ生たちには知るよしもないでしょう。しかし、習慣とは恐ろしいもので夜には勉強をしないと落ち着かない。昨夜はいつもと少し違うことをしようと、英語の勉強方法を紹介するブログをいろいろ読んでみました。

 

英語マスターの秘訣、結論はただ1つ。

 

ある程度、本人の素質による調整や、勉強方法による効率の良し悪しはあるけれど、結局は「本人が時間をかけて継続的に努力をする」しかない。いろいろな人がいろいろなやり方を紹介しているけれど、要するに、自分なりに日々模索しながらやっていると「あれ?なんかゾーン入った!?」って言う瞬間が人それぞれあって、それを続けたことで成功した。その「どうやってゾーンに入ったか」を、それぞれが言語化して体験談として紹介してくれている。でも、ゾーンに入る簡単な方法なんてなくて、それぞれの模索と日々の継続と努力以外の何物でもないと思う。「英語ができるようになる」を「サッカーがうまくなる」に置き換えても同義だ。

 

純粋に体験を紹介している個人ブログもあるけれど、たくさんのブログ記事を読んでいると不思議な感覚になってくる。「純ジャパの僕が」とか「たった1つの方法で」とか「毎日数分で」とか、「分かる分かる!」「えっ!?本当に?」とぐいぐい惹きつけるんだけど、最終的には有料のnote記事ダウンロードや有料メルマガ登録に帰結する。有料とはいっても月に数千円から数万円程度なので、本当に役に立つのであれば惜しい金額ではないけれど、恐らくそれなりのやり方が書いてあって、結局は自分の努力と日々の継続という1つのメソッドに落ち着んだろうと思う。ダイエット商材と同じ。多くの人が継続と努力が出来ないからこそ、存続しているマーケット。もし、最良の方法があるのであれば、是非、小銭稼ぎではなく、文部科学省に持ち込んで日本国全体の英語教育のレベルアップに貢献していただきたいです。

 

残念な現実として、相当な努力と継続以外に英語習得は難しいということです。

 

上の写真は、Leedsにある街の絵本屋さんでの読み聞かせの時間です。地元の子たちに混ざって、積極的に楽しむ娘の姿、頼もしいものです。娘は地元の小学校のレセプションクラス(1年生の前のクラス)に通っていますが、明らかに目に見えて毎日メキメキと英語が上達しています。この地方特有のヨークシャー訛りのアクセントまで使いこなしています。子供たちは、毎日、学校で英語に接することだけで急激に上達しているし、努力なんてしている様子はありません。

 

下の子(2歳)が日本語を少しずつ習得して行く様子を見ていても「真似」が全てなような気がします。その「真似」の仕方が大人の脳と子どもの脳では違うのでしょう。幼児期からの英語教育の是非は頻繁に議論されており、答えは分かりません。でも、例えば「rとlの音の違いを聞き分けられるようになる」などは幼児期にしか身につきにくい能力のようです。それができる「脳」の状態ということです。

 

自分は瞬発力には自信があっても、継続的な努力にはまったく向いていないことが今までの人生でよく分かっています。その意味では、英語の完璧な習得はもう難しいでしょう。下のリンクは英語の幼児教育の塾のブログなので、大人になってからの英語の習得の難しさを煽っていますが、概ねその通りなんだろうと思います。クラスメイトの中国人たちが英語(特にスピーキング)が得意なのがよく分かります。もう、受け入れるしかない、開き直るしかないんだと思います。週に数回、英語力の低さに授業中に泣きそうになります。日本に帰って、日本語だけの環境で楽しく一生を終えることも出来るだろうとまで思うこともあります。でも、どうにかしたい。不完全で不格好でも良いから、なんとか少しでも英語をものにしたい。つらいけど、毎日、頑張っています。