さよならがんじがらめ

イギリスにMBA留学中の広告クリエーターの日々のこと

定型の贅肉を削ぎ落とし残った本質を見せろ

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イースター休暇中はなんだかんだと忙しく、前回の投稿から随分と時間が空いてしまい、スミマセン。

 

 

・・・なんて言うのは嘘です。タイトルからも分かるかと思いますが、今回のエントリはちょっとめんどくさい話です。

 

何が嘘かと言えば「スミマセン」なんて思っていません。読んでくださる方がいるのはとても嬉しく、たまにコメントなどくれる方がいるのは励みブログを書くにあたっての励み以外の何物でもありませんが、自分の更新を喉から手が出るほど、首を長くして待っている人がいないことは知っているし、有料購読なわけでもなく「スミマセン」は不適当だと思います。でも、誰もこのエントリの1行目を読んで違和感は抱かなかったかと思います。

 

なんでなのか?いわゆる「定型」化しているからではないでしょうか?「ブログの更新の間があいた場合の典型的な文頭ってこうだよね」という。読む側も「あ、例のあれね」と深く理解せずに読み飛ばす。デジタルデータであれば、それは「容量」でしかない。今の時代にテキストデータの容量なんて誰も気にしないし、紙に出力するわけでもないからスペースも取らない。それは「無駄」だとは認識されない。

 

でも、自分は冷静に「無駄」だと思う。ブログの接頭辞程度の話であれば良いけれど、例えばスポーツ選手のインタビュー。インタビュアーはお決まりのどうでも良い質問をし、選手もそれにお決まりの解答をする。例えばこんな感じ。

 

A: 待望の今季初ゴールが決まりましたね?

B: そうですね。でも、自分のゴールよりもチームが勝てたことがうれしいです。

A: それではサポーターの方にメッセージを。

B: すぐまた試合がありますので、応援よろしくお願いします。

 

この会話に何の意味があるんだろうか?と思う。Jリーグでは、ほぼ全ての試合の後にほぼ同じようなインタビューが日本中で行われている。サポーターの自分としては、何か「彼しか言えない発言」があることを期待し、つい見てしまうが、結局いつもと同じ。選手たちの試合後の興奮さめやらぬ貴重な時間も、視聴者の見ている時間も無駄になる。例えば、昨今注目の国会中継でも、どうせ適当に交わされると分かっている質問をし、返答は適当に交わす。まさに予定調和。事務所に毎日更新しろと言われているから書いてます感が満載のアイドルやモデルのブログなんかも、どうでも良い部分と絵文字と広告を削除したら何1つ残らない。

 

聞きたいのは、知りたいのは「定型」「お決まり」「予定調和」を削ぎ落とした後に残った身の部分、そこにある本質だ。

 

冒頭の1行、嘘でないのは、なんだかんだと忙しくの部分。休暇あけは授業とエッセイ執筆が同時進行するので、休暇中に少しでもエッセイを書いておかなくてはと、相変わらずの図書館にこもる日々。写真は、昨日のランチ。毎日、こんな感じの味気ないご飯を食べ、ひたすら英語でのエッセイの執筆を続けていると、気持ちも荒んでくるのかも知れない。少し攻撃的なエントリを書いてしまいました。