さよならがんじがらめ

イギリスにMBA留学中の広告クリエーターの日々のこと

あれから20年が経ちました

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5月2日はX Japanのギタリストとして有名なhideさんの命日です。ちなみにX Japanのファンの人はHIDEと表記し、ソロが好きな人はhideと表記します。

 

亡くなられたのが1998年、早いものでもう20年が経ちました。自分は大学生の頃、縁があってhideさんにとても可愛がってもらっていました。今でも、これからも、誰よりも尊敬する、自分の人生に一番影響を与えた人であることは変わらないでしょう。

 

アーティストとして見た時にも、贔屓目を抜きにして本当に才能に溢れた人だったんだなと、20年経った今だからこそ余計に気付かされます。20年前のヒットソングを今聴いたら、いや、5年前のものだって、まっさきに浮かぶのは懐かしさじゃないでしょうか。でも、hideさんの曲は、今、聴いても懐かしさなんて微塵もない。常に新しい、他と違う、強烈な個性と光を放っているように思います。それは独特の世界観で完成されたビジュアルもしかりです。

 

hideさんに影響を受けたアーティストはたくさんいます。でも、彼のような音楽を奏でたり、彼のようなビジュアルを表現している人は一人もいません。きっと、真似することができないということが1つの理由。そして、常にオリジナルで新しくありたいという彼の志向に賛同した人であれば、真似なんてする必要ないということでしょうか。

 

今年はイギリスにいるから行くことが出来ないけれど、この20年、5月2日は必ず三浦海岸にお墓参りに行っていました。はじめのうちは1人で、行きの電車の中から涙をこらえながら。段々と年に1度の行事化してくると、1年に1度だけ通う三浦の魚の美味しいお店を見つけたり、年を重ねるという自分の中の1年の区切りになっていきました。

 

hideさんが亡くなったのは、彼が33歳の5月2日。ずっと憧れ、背中を追いかけて来たから、自分が33歳になって5月2日を越え、hideさんより長生きしてしまったら、いったいどうなるんだろうか?目の前にあった進むべき道が見えなくなった時、どうなってしまうんだろうか?30を越えた頃から自分の中に芽生えた1つの命題でした。

 

自分が33歳になったその日は、当時の彼女を同伴し、三浦海岸からの帰り道にプロポーズをしました。今日から先、1人で生きていくことが想像できないから、いっしょに生きて欲しいと。今思うと、少しカッコつけすぎですね。

 

翌年は結婚の報告をし、その翌年には産まれたばかりの娘を連れて行きました。去年は息子も連れて家族4人で行きました。前日に、三浦半島の宿に一泊し、ドライブしながら向かうのが恒例化してきました。

 

確か、あれは娘が2歳の5月2日です。今まではしなかったけど、その年は娘にhideさんの音を聴いてもらいたいと思い、車の中でhideさんのCDをかけました。hideさんが亡くなった1998年に出た最後の3枚のシングル(死後に企画されたものを除く)「Rocket Dive」「ピンクスパイダー」「everfree」という曲を聴いた時、衝撃で頭が真っ白になり危うく事故りかけました。

 

「ん?」(Rocket Dive)

「えっ?」(Pink Spider)

「えぇぇっ!」(everfree)

 

という3段ステップです。特に大好きな3曲だからそれまで何百何千回と聴いていたのに、気がつかなかった1つの事実に気がついてしまったのです。

SPEED FREAKS BABY ROCKET DIVE
見えない場所へ跳びたい
高速の君が一瞬のスパーク
オイデ SPEED FREAKS BABY ROCKET DIVE
翼、広げて君がFLY
待ってるだけの昨日にアディオース (Rocket Dive)

ピンク スパイダー 「行きたいなぁ」
ピンク スパイダー 「翼が欲しい…」 (ピンクスパイダー

デタラメと呼ばれた君の自由の
翼はまだ閉じたままで眠ってる
ever free この夜を突き抜けて
目覚めれば 飛べるのか FReeに? (everfree) 

そう、この3曲すべての歌詞に「翼」という単語が出てくるんです。特にピンクスパイダーは上記箇所以外にも全部で4回「翼」が登場します。これはhideさんの歌詞を深く掘り下げる研究的な意味合いでも大きな意味があると思います。hideさんが翼というワードに込めた意味、、、自分には鬱屈した毎日から、自由で快適な大空へ飛び出すためのきっかけでありパワーであるように感じられます。hideさんにとってのギターのようにも思えてきます。

 

今、これを書いていても、また、涙がこぼれてきました。そう、この事実に気がついた時、後部座席に座っていた、自分の娘の名前が「翼」なんです。hideさんが娘の名前を呼ぶ(?)肉声が残っているというだけでも嬉しいことですが、この偶然には「あ、やっぱりずっと空の上から見ていてくれているんだな」って、本当に勇気付けられました。

 

5月2日に、お花を買って勉強机の上に置いておいてくれた妻に感謝。